前回は、栃木県栃木市西方町にある「姿」の飯沼銘醸さんに、今の日本酒をとりまく現状や、酒造りについてお聞きしました。今回の後編では、「姿」が辿ってきた歴史をお聞きしたいと思います。
─ 続いては、「姿」の歴史についてお伺いしたいと思うのですが、「姿」という名前の由来みたいなものってあったりしますか?
飯沼:「姿」の由来は、地元の西方町に「姿見の池」という池があるんです。その池っていうのは、八百比丘尼(おびくに)伝説という物語の中に登場する八重姫という人物が、自分の姿を映したといわれている池なんですよ。ざっくり説明すると、あることをきっかけにして、800年生きてしまった八重姫が、その池を覗き込むと、なんと18歳の姿のままだったんで、そんな自分の姿に驚いてしまう。やがて尼になって巡礼の旅に出るんですけど、長く生き過ぎた八重姫は若狭の海に身を投じて自らの命を絶ってしまうんです。この一連の物語に登場する、「姿見の池」が「姿」っていう日本酒の名前の由来になるんですよ。
─ ちなみにですけど、「姿」を初めて造った時の酒米ってなんだったんです?
飯沼:山田錦ですね。
─ 山田錦は代表的な酒米の一つですが、なにか山田錦にした理由とかあったのですか?
飯沼:山田錦は昔から地元の契約農家さん7軒くらいから、もう30年間位作ってもらっているんですよ。もちろん、長い付き合いだから、契約農家さんが変わったりもしているんですけど、山田錦は地元のお米をつかっているんです。今は栃木農業高校の生徒さんとかにもお米を作ってもらっているんです。だから、山田錦の「姿」が「姿」の原点なんですよ。
それで、山田錦の次に造ったのが、五百万石で、その次が雄町、それでこの三種類の時代がしばらく続いて、徐々に売り上げも伸びて行ったんです。でも、そしたら8月くらいに酒屋さんの「姿」の在庫が無くなっちゃったらしいんです。他に売る「姿」が無くなっちゃったんで、酒屋さんに「どうにかなりませんか」って言われたので、「無濾過じゃないけど、生原酒ならありますよ」って言って、それを送ったら「これ美味しい」ってことになったんです。それまで、「姿」は無濾過生原酒だけだったんですけど、そこから、初めて濾過の原酒が出てきたんです。それが、ブラックインパクトなんです。
─ なるほど。ところで、なんでブラックインパクトっていう名前なんですか?
飯沼:酒販店さんが味見する時にちょうど、「竜馬伝」がやっていて、その時に丁度画面に黒船が出てきて、「あっ、これ美味しい。ブラックインパクトだ!」てなって、それがそのまま名前になったんですよ。
─ ブラックインパクトは黒船の衝撃ってことなんですね(笑)
飯沼:そうなんです(笑)それで、ブラックインパクトの次が、ひとごこちで造った緑色のラベルのものですね。で、その5種類がまた長く続くんですけど、それでも売り切れちゃうんで、ブラックインパクトを通年の商品にしようってことになったんです。それで、特別純米くらいで通年商品がもう1本あるといいんだけどってことになって、とちぎ酒14ってお米で、姿の特別純米の黄色ラベルが造ったんです。その次辺りが、晴れ姿っていう北海道の彗星ってお米で造ったお酒で、一緒な感じで艶姿っていう火入れしてある秋のバージョンの酒が出たんです。つい最近出した茶色のラベルの姿は、五百万石っていうお米と901号酵母をつかったのを出したんですよ。他の姿は1801酵母をつかっているんですけどね。
─ やっぱり、色々なお米を試されているんですね。ところで、どうして急に酵母を変えたお酒を造ろうと思われたんですか?
飯沼:これまで、1801酵母ばっかりで作っていたから、「飯沼さんのところはみんな香り系じゃーん」っていわれて、「いや、別に香り系じゃないのも造れますよー」ってちょっと思って造ったんですよ(笑)901号酵母で造ったのは、この茶色ラベルの「姿」だけなんですけど、飲むと、酸が立って、香りもそんなにきつくないから、美味しい日本酒ですよ。
─ そんなやり取りが(笑)
飯沼:他には、「優しい姿」っていう無濾過の火入れがあって、これも旨みがあって美味しいんですよ。あとは、袋の搾りで、山田錦のプレミアムとか雄町のプレミアムとかの純米大吟醸があるんですよ。それから、新しく出したのが北しずくの純米大吟醸なんです。北海道に「姿」のことが大好きな居酒屋さんがあって、そこから「北しずくで純米大吟醸造ってくれないかなー」っていわれて、鍋島さんが北しずくで純米大吟醸造ったらしいんですよ。「それだったらうちもどんな感じになるかってみますよ」って言って、造ったんですよ。
─ 他の蔵元さんを意識されてとか、密な情報交換みたいなのってあるんですか?
飯沼:あんまり意識っていうのはないですし、商売の話もあんまりしないんですけど、このお米面白いよとか、そういった話はよくしますね。
─ やはり、お話を伺っていくと「姿」を造ってからの変化を飯沼銘醸さんから感じるんですけど、どうして姿を造ろうと思われたんですが。
飯沼:うちはずっと、「杉並木」っていう銘柄を中心にやってきたんですけど、父が命名した「杉並木」が、ちょっとお土産というイメージがあったんです。試飲会とかでも、お客様から「なんで杉並木(日光)が通ってないのに杉並木なんですか?」ってよく言われていたので、新しい銘柄を造りたいなっていうのがあったんで、それで、地元の「姿見の池」から「姿」っていう名前を付けて、新しい銘柄を造ったんですよ。
― そうだったんですね。本日は貴重なお話ありがとうございました。
全二回のインタビュー記事でしたが、いかがでしたでしょうか?
「姿」という日本酒は、非常に少ない人数で造られている日本酒です。にもかかわらず、新しいことに挑戦し、美味しい日本酒を造り続ける飯沼さんの姿勢には頭が下がる思いがしますね。
種類によってもことなるのですが、「姿」の最大の特徴は滑らかな口当たりと、一種の妖艶さすら感じさせる甘みにあると考えます。皆様も是非、「姿」を見かけたら味わってみてください。
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